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2007年8月

2007年8月28日 (火)

日常の中の旅

先日、母が退院した。

振り向けば54日間の入院生活_帰って来た日は、さすがにちょっとジンときた。おりしも彼女の誕生日だったので、東京から駆けつけた姉と一緒に鯛料理をこしらえて、小さなパーティでお祝いした。

_と、ホームドラマなら、ここで“ハッピーエンド”となるところなのだけれど、リアリティの世界では、ここからが始まり。まだまだ自宅養生が必要な状態なので、3度の食事_しっかり栄養のバランスの取れた_は、私の肩(腕?)にかかっている。いえ、料理自体は、食いしん坊の私にとっては別に苦じゃないけど、その関係で家を長時間空けづらくなったのが_ちょっと、ね。 なにせ、これまで自分のペースで働いて、出歩いて、まとまった暇を見つけたら「ちょっくら行ってくるわ。」てな調子で旅に出て_と、“フーテンの寅子”への道(?)を着々と歩みつつあった「ふぉとみっちゃん」としては、この“家に釘づけ”生活とのギャップに耐えられない_と思う反面、「やっぱり世の中って、結局±0になるようにできてるのね。」と、妙に感心したりもしている。

まぁ、どこへも行けない“閉塞感”に心まで塞いでしまった時期もあったけど、「今できることに全力を尽くせば必ず次の未来が開けてくるよ」という、友達の力強い励ましがきっかけにもなって、今は「どこへも行けない状態だからこそできること。」に、それこそ全力を尽くしてます。それは何かというと、ウェブサイトの改装とウェディングフォト製品ラインナップの全面見直し。この2つは、家に引きこもらないと作業が全然はかどらないし、クライアントへの仕事を抱えた状態だとナカナカ手が付けられない。ちょうど8月はウェディングのシーズンオフでもあり、ホント、「今やらないでいつやるの!?」っていうくらい、実は絶好の機会。というわけで、現在も作業進行の真っ最中。いちどにスパッと仕上げて公開できたらスマートなんですがナカナカそうもいかないので、仕上がったものから順次UPしてます(^^;)

_と、事実上“夏ごもり”状態の「ふぉとみっちゃん」。そうはいっても、たまに(週に1回くらい)は意識的に出かけるようにしている。先週末には、ちょっくらパリとヘルシンキまで。

パリへは、JR京都伊勢丹で開催された山本容子銅版画展『私のベル・エポック』で。

以前、NHKの『スタジオ・パーク』に山本容子氏が出演していたのを、たまたま目にして興味を持っていた作品展。これは、氏が滞在して感じ取った“パリの印象”を、買物した包装紙やカフェの紙ナプキンなどにイラストを書き加えたり、ジャムの蓋にかぶせてあった布をコラージュしたり、買い求めたバラやバンソウコウの形を紙にスタンプして残したりして、イキイキとナマナマしく表現したもの。これらの作品群は『パリ散歩画帖』(阪急コミュニケーションズ刊)という美しい本に収められている。でも、やっぱり、紙や布を切り貼りした質感が直に感じられる現物が、ダンゼン面白い_はっきりいって、「これは写真では到底タチウチできない…」と、すっかり舌を巻いてしまった。とりわけ、不器用すぎて「絵が描けないから」写真を始めたようなものの「ふぉとみっちゃん」としては、こういう眼と手を持っている人は、本当に羨ましい。反面、「だったら、私は“写真だからこそできること”を徹底的に追求していこう」という意欲も沸いてくる。この日、偶然にも来場していた山本容子氏にサインしていただいたとき、「参考にさせていただきます。」と挨拶したら、「しなさい。」と、茶目っ気たっぷりに、あのミメ麗しい笑顔で_。さすがの風格!

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そして、ヘルシンキへは、京都みなみ会館で上映されたアキ・カウリスマキ監督のフィンランド映画『街のあかり』で。

これは_実に暗い映画だった。「街」の「あかり(灯)」というと、何となくロマンティックなものを連想しがちだが、どうも映画作家にとっては、俗世の理不尽さやセチガラサを象徴するキーワードらしい。実は、私が昨年の冬、ヘルシンキへ行った時の印象も、ひとことでいえば、「暗い」。

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てっきり、それは私がロンドンで散々友達と遊びまわった後、独り、冬の北欧を旅したから殊更にそう感じたのだと思い込んでいた。でも、地元の監督がこれだけ暗く描くのだから、おそらく実際に「暗い国」に違いない。_と、いっても、「悪い」「嫌な」暗さでは、全然なくて、ユーモアも温もりも救いもある、「心地良い」暗さとでもいおうか、そんな独特の空気に包まれていた。『街のあかり』の映画全体、そしてラストシーンも、まさにそんな感じ。ポイントは「道端で虐待されている犬を見かけたら、やっぱり助けたほうがいい」ということ、かな。

今回、一緒に出かけたのは、前々からデートの約束をしていた15歳ほど年下の可愛い女友達。そして、家では夕食と土産話を心待ちにしている母が居る。_こんな“日常”に幸せを感じる「ふぉとみっちゃん」です。

…でも、こんなに旅のいいもの観ちゃうと、心の奥底で眠っている“寅子病”が、またムクムクと。。。?

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2007年8月23日 (木)

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先月、アメリカ人の新郎さんと日本人の新婦さんのカップルを撮影しました。

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時々国際結婚の方を撮影する機会をいただきますが、そういうときは、やっぱり腕が鳴るといいますか血が騒ぐといいますか#^^# 普段、あまり使わなくなった部分の脳ミソや感覚を再びよみがえらせて撮影するので、緊張もするけど、新鮮な気持ち_そして、イギリスでのシューティングを思い出して懐かしい気持ちになります。

懐かしいというと優雅っぽく聞こえるかもしれませんが、イギリスでは、それなりに苦労しました。やっぱりウェディングフォト1つにも、文化の違いがクッキリ現われるものなんですねぇ。

先日、アメリカから来日したウェディング・フォトグラファーの講演を聴きに行きました。彼のポートフォリオには、雰囲気のあるキスシーンが沢山含まれていたので、それを観たリスナーの1人から「被写体が日本人の場合でも、こんな風に撮影できると思いますか?」という質問が挙がりました。それに対しては、「うーん…キスというものは習慣なので、そのような習慣がない場合は、なかなか難しいと思います。それよりも、普段やりなれているポーズ_手をつなぐとか、ただ見つめ合うとか_で、同じような雰囲気ある写真をめざすべきではないでしょうか」との答えが。

たしかに、そのとおりだと思います。第一、被写体が欧米人の場合であっても、「では、ここでキスしてみてください」と声掛けしてキスシーンを撮影したことは、私の場合は1度も無いです。その代わり、キスシーンを押さえるには、会話やシチュエーションで良い雰囲気を作ったり、何か感激的な場面が生じそうなとき「おそらくここで。。。」と、キスする瞬間を見越してカメラを構えるといったことが必要になってくるのです。でも「その瞬間」は、きわめて不意に、あるいは唐突に訪れたりするので、フォトグラファーは終始、気が抜けません。「ふぉとみっちゃん」にとっては、これもまた、まぎれもなく異文化フォトシューティング体験の1つでした。

「キスシーンを狙うフォトグラファー」というと、ちょっとパパラッチ的な響きですが(^^;) でも、「心からのキス」が写った写真には、どんな言葉もかなわない圧倒的な情感が宿るもの。。。 それは、正直、撮った本人さえ、いつも驚かされ、深く心を打たれます。

なので、ウェディングでは大いにキスをしましょう♪_もちろん、“普段やりなれること”を、お忘れなく(^0^)

▼ウェブサイト CAMERA[ai]  を改装しました。『新作紹介』も含めて、どうぞ御覧くださいm(_ _)m

http://www.camera-ai.com

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2007年8月13日 (月)

最高の暑中見舞

たかはしサマ、コメントありがとうございます♪そして【旅行写真講座】(第1、第2クール)の皆さま、お疲れさまでした★ やっぱり写真って、撮る→(作品に)作る→見せ合う→語り合う_という一連のプロセスを経ることによってこそ、深い楽しみや喜びが得られるツールなんだということを、私自身、実感させていただきました。 これからも旅先で日常で、おおいに写真を満喫していきましょう(^o^)/

それにしても暑さ全開ですねぇ。

元々、特に夏に色めき立つ夏女でもない「ふぉとみっちゃん」、単に(冷房がホント苦手なので)扇風機のスイッチを入れて短パンにTシャツ姿で汗をふきふき、いつの季節も変わらない作業をしているだけなんですが。。。先日、さるオカタから音楽のプレゼントをいただきまして_P・マッカートニー、ボブ・マーリー、ボン・ジョビ、ローリングストーンズ、サザンオールスターズなどなど_それらを蝉の大合唱に負けないくらいの音量で流しつつ、時にスイカやアイスクリームで休憩とったりなんかして、こんな「ふぉとみっちゃん」でも夏気分を大いに満喫中♪ありがたいことです。

どれもちゃんと聴くのは初めてで興味深いものばかりですが、今回はサザンの『キラー・ストリート』について。

昔から私の回りにもサザン好きは本当に多い。老若男女を問わず、一般人(?)からミュージック・ラヴァーに至るまで。ほんと、否定的なのは我が母上くらい(そっか...やっぱり明日退院してくる前に大音響で聴いておこう)。この調子でいくと桑田圭祐は、石原裕次郎、美空ひばりに続く国民栄誉賞もののエンターティナーということになるのでは。

まぁ私も好きですけどね、サザンと桑田圭祐。実際、桑田圭祐は人間的_男性的に非常に魅力を感じます。ちょっとマニアックですが、特に彼の「Wa~」の発声って色っぽい。「あなたWa~♪」とかいうフレーズがあると、その語尾のところでホロホロ~ってなるのは私だけの変態現象なのか? _とはいうものの、「ふぉとみっちゃん」にとって永遠の愛聴盤である『ステレオ太陽族』以外は積極的に聴こうというほどでもなく、今回、久々に“ちゃんと”しかも“たっぷり”(なんせ2枚組ですから)聴く機会を得たわけです。

凄いですねぇ~。サザンのサザンによるサザンファンのためだけの、怒涛の『ベストヒット歌謡曲』的アルバム、とでもいいましょうか。 全曲、きっとどこかで聴いたことあるフレーズの連続。それだけ収録曲がチマタでガンガン流れているからでもあり、他の曲とも共通する“サザン節”で貫かれているからでもあり、別の誰かの曲を彷彿とさせるイントロやメロディに彩られているからでもあり_。それを全く飽きさせず、むしろ心酔させつつ聴かせてくれるんですが、それは桑田圭祐の歌唱力そして歌詞力に拠るところが大きいんだということを、私はこのアルバムで再認識しました。

先週末、一緒に飲んだ友達に「私は独りで生きて行って、最後だけ、最愛の人に手を握ってもらいながら逝くってのが良いなぁ」なんてことを言ってたら、このアルバムの1曲目『からっぽのブルース』(めっちゃ良い曲だと思う★★★)に、それと全く同じような内容の歌詞が出てきたので、あら~桑田圭祐と私って通じ合っているのかしらん♪と、ひとり勝手に悦に入っちゃいました。もっとも、その友達からは、「そういう理想があるんやったら、最後だけどうかしようと思ってもどうもならんで。今から努力せな。」と突っ込まれてしまいましたが_ そりゃそうだっ。かくいう桑田圭祐だって、原坊という安泰のパートナーをキープした上でのヤンチャぶり、孤独ぶり、だもんね。

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▼9月からの写真基礎講座のカリキュラムをUPしました。

http://homepage3.nifty.com/photo-michi/info.htm

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