« 1928ビル | トップページ | センチメンタルな桜‘07 »

2007年3月30日 (金)

チャップリン

「第2回チャップリン国際シンポジウム」に参加した。

会場は京都木屋町、盛り場のド真ん中でケナゲに建ち続けている元・立誠小学校(現在は個展などの多目的スペースとして活用されている)。シンポの内容は、研究発表と写真展、そして私が参加した日はデジタル・ニュープリント版「独裁者」の上映が行なわれた。

Sympo1

Sympo3_1

「国際シンポジウム」などと大そうな名前がついているが、実際、大そうな催しなのである。日本、イスラエル、イタリア、アメリカ、イギリスから集まった学者や専門家、それに、チャップリンのお孫さんから市川染五郎まで、ソウソウたる面々が一堂に会し、チャップリン映画について、また、チャップリンその人や、歴史・社会との関わり合い等について、最新の研究成果が発表/議論されたのだった。いや~「チャップリン」って、今やレッキとした“学問分野”の1つなんだなぁ、と、改めて実感。

どのプレゼンも本当に興味深く、為になるものばかりだったけれど、この場では深く立ち入らないことにする。私の力では簡単にまとめることができないし、第一、あまりチャップリンを知らないという人には、まずは、理屈ぬきで映画を楽しんでほしいと思うから。

私がチャップリンを好きになったのは7歳の時、テレビで「街の灯」を観て。普段なら「子供は早く寝なさい!」と、叱られるところを、「これは良い映画だから。」と、母が特別に観ることを許してくれたのだった。

そして、一気に惹きこまれた。

以来、何十年に渡って何度となく「街の灯」や、他の作品を観つづけている。それで、つくづく凄いな~不思議だな~と思うのは、チャップリン映画って、観て、笑ったり泣いたり、何かを感じたりする内容が、子供の頃から今に至るまで、ちっとも変わらないのだ。「子供の頃は分からなかったけど、今なら分かる」とか、逆に、「子供の頃は感じられたのに、今は感じられない」といったことが殆んどない。同じ場面で、いつも決まって同じ気持ちになる(但し「街の灯」より後の社会的作品は若干大人向け)。つまり、チャップリンの映画は子供から大人までが同じレベルで理解し感応することができるという、本当の意味でレベルの高い芸術作品なんである。

私が高校生の時、チャップリン作品が大阪の映画館でリバイバル上映されると知り、友達数人をそそのかして授業を集団エスケープしたことがあった。首謀者の私はバレたら停学ものだ…と怯えつつ、万が一のときには、「学校には芸術の授業が無いので、外へ受けに行きました。」という弁明を用意していた。

キャハ~(*^^*)言わずに済んで良かった・・・でも、ちょっと言ってみたかったような ?

映画館の帰りに、ナビオ阪急美術館で開催されていた「エドワード・スタイケン写真展」へ寄り道した。そこに展示されていたチャップリンの1枚のポートレイト。映画の中の「浮浪紳士チャーリー」とは全く違う、才能と成功で光り輝く男の実像が、見事な写真表現で浮き彫りにされていた。それまでも、モノクロ写真のポストカードを買い集めてアルバムを作るのが趣味ではあったのだけれど、その1枚との出会いがきっかけで、写真で表現すること_フォトグラファーに関心を抱くようになった。つまり、「ふぉとみちゃん」の運命の写真もまた、やっぱりチャップリンだったのです。

Chaplin

とまあ、これほどチャップリンへの思い入れの強い私だけれど、これまで、その思いを人と分かち合う機会があまりなかった…。ところが、今回シンポに参加して、50代にしてシナリオ学校に通いはじめチャップリンへの興味を深めたというAさんや、20代にしてチャップリンやエルンスト・ルビッチをこよなく愛するNさんと話をすることができて、すごく良い刺激を受けた。そして、チャップリン研究の若き第一人者、大野裕之氏!彼が引用した「映像には必ず毒が入っている。」というチャップリンの言葉_自らが創りあげる「笑いと涙の物語」の底に沈むもの、そして、現在も連綿と続くプロパガンダや、益々加熱するコンシューマリズムを見透かしたような。映像にたずさわる中枢にありながら、映像に対して極めて冷静沈着でいられたチャップリンの凄さに、改めて気づかされた。

う~ん、やっぱりチャップリンは奥が深い・・・そして魅力的★

|

« 1928ビル | トップページ | センチメンタルな桜‘07 »

映画」カテゴリの記事

コメント

いやーシンポジウム、おつかれさまでございました。

チャップリンのこの写真、イイですよね!
私も好きな写真です。
なんつーか、カッコイイですよねぇ。コレ。
それにしても、この写真との出会いが運命だったなんて、なんて素敵なんでしょう!!

>>チャップリンの映画は子供から大人までが同じレベルで理解し感応することができるという、本当の意味でレベルの高い芸術作品なんである

本当にそう思います!!

“私は説明しなければ理解されない美というものを信じない”

との言葉を残したチャップリンだからこそ、彼の映画は言葉の壁を超えるばかりか、さらにはあらゆる世代へ語りかける力を持っているのでしょうね。

カッコよすぎ!!!

投稿: Nishi | 2007年3月30日 (金) 11時22分

ずーーーーーっとチャップリンってアメリカ人だと思ってたけど、つい最近イギリス人だったと知って妙に納得した。今観るとチャップリンって相当ダイレクトな奴だな、と思う。

投稿: トクチーノ | 2007年3月30日 (金) 14時22分

もし京都にいたら、連れてって~って言ったと思う!
何だかんだでチャップリンの映画はかなり見てますよ。
初期のまだ有名じゃない頃のも含めて。NHKとかで何度もやったよねぇ。
一番のお気に入りは「モダン・タイムス」です。
乾いた笑いと、お金がなくたって自分の生き方に誇りを持って堂々と歩いていく後姿のエンディングが印象的。
そう、チャップリンって、必ずぼろの山高帽に燕尾服着て、警官とかを後ろからこっそり蹴ったりしてたでしょ(で、追いかけられるというドタバタ)。
常に権威の象徴に反抗してたけど、その表現が直接的じゃないところが、英国人らしいというか。だから、とっても好きでした。私の英国への憧れは、笑いにも潜んでいたのかな?!

投稿: Minsa | 2007年3月30日 (金) 20時21分

♪Nishiサマ

いや~シンポでは本当に初対面という気がしませんでした(^^)

スタイケンの写真、やはり貴殿も御存知でしたか★
「素」のチャップリンって、すンごい男前ですよね。
この写真みて、今は亡き私のおばあちゃんが「あンら~チャップリンって“美男子”ねぇ」と感嘆していたのを思い出します(^0^)
このポートレイト、シンプルなようでいて、通常、人物をキレイに撮る際にはタブーとされている「下からのライティング」によって、チャップリンの虚像と実像-光と陰の二面性を巧みに表現しているように思います。第二次世界大戦直後に「人間家族」という写真展の世界巡回を大成功させたスタイケンもまた屈指の才人ですね。

>>“私は説明しなければ理解されない美というものを信じない”

あぁ彼はそんな名言も残したんですね。。。(タメイキ)


♪トクチーノさま

私の知る限り、真の喜劇人は大抵イギリス人かユダヤ人のようで。
チャップリンが「ダイレクト」ってのは面白い表現だな。
確かに、チャップリンを好きな人/苦手な人、賛美する人/批判する人_ 全ては、彼の思想や主張・表現方法の徹底したダイレクト性が1つの鍵になっているのかもしれません。

トクちゃんは、ダイレクトなチャップリン、お好き?


♪Minsaサマ

そうね、参加してたら絶対面白かったと思うゎ!
お気に入りが「モダン・タイムス」というのも貴女らしい(^_-)b

他愛ない初~中期のドタバタ短編も大好きです!
チャーリーって、警官や強い者の背後に回ると思いっきりワルサするくせに、いざ目が合うと、とたんにシナを作って伏し目がちに笑いかけるの。。。その様子が何回観ても可笑しくて、可愛くってしかたがないっ!
あらゆる闘争は常に愛嬌をもって行なうべし_と、ドタバタの中でもチャーリーは真理を物語っています。

京都の前にロンドンでもチャップリンのシンポジウムが開催されたんですって。やっぱり、イギリス_どうにも分かち難くつながっちゃうなぁ


投稿: ふぉとみっちゃん | 2007年3月30日 (金) 23時43分

「チャップリン国際シンポジウム」が開催されるとは、やっぱり京都はちがうな~。
デジタル・ニュープリント版「独裁者」はどうだったんでしょうか?
私はチャップリンの映画を見ると父を思い出します。父が好きでよく見ていたので。映画の趣味がまったく合わない私達ですが、チャップリンだけはよく一緒に見ました。

投稿: Una☆アーヨン | 2007年3月31日 (土) 13時39分

♪Unaサマ

「独裁者」相変わらず面白かったです★

『デジタル・ニュープリント版』というのは、昔の音楽家の演奏をCDで聴くのと同じように、あまりにも鮮明すぎて_ノイズと一緒に“時代の風情”まで除去されてしまっていて_違和感を覚えなくもないですが、チャップリンの一挙手一投足までハッキリと見られるのは、はやり良いことです。
独裁者「ヒンケル」が、ワーグナーの『ローエングリン』に合わせて地球儀型の風船をもて遊ぶシーンが、益々美しくて不気味でした(^^;)

私が『独裁者』を初めて観たのは中学2年のクリスマス。まだ熊本に住んでいた頃、親友を誘って産業文化会館へ観に行きました。異例の大雪に見舞われてバスがストップし、雪を踏みしめながら上映時間に間に合うよう必死で歩いたのでした。『独裁者』を観るたびに、あの雪の情景と、転校で離ればなれになった“よしこチャン”の横顔が浮かんできます。
こうして映画は個人の人生と密接に絡み合い、1人1人で異なる作品として、1人1人の心に刻み込まれていくものでしょう。

Unaちゃんの「チャップリン→父親」っていうイメージの連鎖も、とっっても素敵な響きですっ!

趣味が全く合わないって…父上は他にどんな映画がお好きなのかなっていう興味(疑問?)が沸いてしまいます(^0^)

投稿: ふぉとみっちゃん | 2007年3月31日 (土) 22時32分

はじめまして、京都で活躍されている方を探していてたどり着きました。よろしくお願いいたします(__)

投稿: ミシマ | 2007年4月 2日 (月) 23時21分

♪ミシマさま

ほほぅ…それはそれは、ようこそおいでくださいましたm(_ _)m

京都で【活動】はしてますが【活躍】とまでいえるかどうか?という疑問の余地が若干あるものの(*^^*)

こちらこそ、よろしくお願いいたします★

投稿: ふぉとみっちゃん | 2007年4月 3日 (火) 11時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 1928ビル | トップページ | センチメンタルな桜‘07 »